子どもが喜んで食べる”かみすのピーマン”の裏側!日本一へのストーリー

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神栖市は日本一のピーマン産地。

神栖市では、1949年ごろ波崎地域で栽培が始まりました。以来約70年、生産者が研究と努力を積み重ね、日本一の産地となりました。

本記事では、神栖市が誇るピーマンの裏側に迫ります。

約70年前に栽培スタート

ハウスの中の様子
大型ハウスの中は、ピーマンの爽やかな香りが広がっている。このまちとピーマンの歴史は1949年ごろ波崎地域から始まった。生産者の努力が積み重なっている。

神栖市でピーマン栽培が始まったのは、終戦直後の1949年頃。

進駐軍が食べる野菜として、アメリカ産のカリフォルニアワンダーという品種を波崎地域で栽培。当時は高級野菜でしたが、1960年頃には食生活が洋風化し一般家庭に広まります。

その後、鹿島開発が進められた1965年頃からビニールハウスでピーマンを栽培する農家が増え、一大産地が形成されていきました。

恵まれた気候風土。しかし、それだけではない。

土の様子
波崎砂丘を有する神栖市の大地は、水はけの良い砂質の土壌で、ピーマンの栽培に適した風土。

温暖な気候と水はけの良い砂質の土は、ピーマン栽培に最適です。水はけが良いので連作障害を防ぐことができ、春と秋の年2作、良質なピーマンが育ちます。

しかし、日本一の産地になったのは、単に気候風土に恵まれて生産者が増えたからではありません。

その裏には、人々の努力と全国的にも稀な取り組みがありました。

現在、市内にはピーマンの生産団体が大きなもので4つありますが、今回はその一つ「JAなめがたしおさい青果物生産部会」の山中雅典さんに、ピーマン日本一への歩みを聞きました。

全国でも例がない、「みおぎ」への品種統一

ピーマン

 

一口に「ピーマン産地」と言っても、一般的には農家によってさまざまな品種が栽培されています。

しかし、JAなめがたしおさい青果物生産部会は「みおぎ」のみ。グリーンの色が濃く、柔らかくて苦味が少ないのが特徴です。

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生産者の山中さん

みおぎを選んだのは、消費者に最も評判の良い品種だから。栽培が難しいため最初は反対する部会員もいましたが、それを一人ひとり説得して回って最終的に全員が納得してくれました

約200人にのぼる部会員が品種統一をしたのは、全国にも例がないことでした。「みおぎ」を前面に打ち出して市場にPRした先駆けが、神栖のピーマンです。

農薬に頼らない!全国的にも稀、「特別栽培農産物」の全員取得

花粉を運ぶハチ
ハチが花粉を運び受粉を促進。養液土耕栽培システムで水や肥料を調整。環境にやさしい先進的な農業技術で、おいしいピーマンを栽培している。

自然環境にやさしい安全・安心なピーマンを作っているのも大きな特徴です。

ピーマンというのは害虫が多い作物のため、農薬をたくさん使うのが当たり前とされてきました。

山中さんたちはその常識を覆し、「天敵昆虫を使って、農薬に頼らず自然の力で栽培しよう」とチャレンジ。見事導入に成功しました。

しかし、その道のりは険しいものでした。

夕食時になると「天敵昆虫を入れたが、ピーマンが虫食いだらけで出荷できない」と毎晩のように苦情の電話が鳴り、山中さんの夕飯は冷め、一時期は温かいみそ汁を飲んだことがなかったといいます。

また、天敵昆虫の導入に、最初から生産者の足並みが揃ったわけではありません。そこで、何年もかけて一人ひとり説得して回りました。

並行して、養液土耕栽培の普及に取り組みました。これは、コンピュータで管理しながら必要な時に必要なだけ水と肥料を与える、環境にやさしい栽培法です。

これらの取り組みにより栽培技術が向上し、2003年に部会員全員がエコファーマーに認定。さらに2011年には、同じく全員のピーマンが特別栽培農産物の認証を取得しています。

これは全国的にも稀なことで、神栖の誇りとなっています。

エコファーマーとは

環境にやさしい農業に取り組んでいる農業者を茨城県が認定したもの

特別栽培農作物とは

農薬の使用回数や化学肥料の削減など一定の条件を満たして生産された農産物を茨城県を認定したもの。

集出荷場の大きな効果、増える農家後継者

集出荷場の様子
1日最大60トンの処理能力が日本一の出荷量を支える。

2008年には、待望の集出荷場が稼働し始めました。

これは、ピーマンの選別・重量計測・箱詰め・出荷までを行う施設で、1日最大60トンもの処理能力があります。

全国初となる重量別自動選別機は、部会役員と機械メーカーが一緒になって作り上げたそうです。

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生産者の山中さん

以前は、どの農家も夜なべして選別をしなければなりませんでしたが、集出荷場ができてから、夜は家族でゆっくり過ごせるようになりました。その分ピーマン栽培に集中でき、収量が向上。

そういう親の背中を見て、企業を辞めてピーマン農家を継ぐ人が一気に増え、青年部が40人近くになりました。集出荷場の力は非常に大きいですね。

堂々のピーマン日本一。そして、その先へ。

 

環境にやさしいピーマン
自然環境にやさしい栽培方法で育てたピーマン「みおぎ」

現在、全国のピーマン出荷量の4分の1を茨城県産が占め、その9割以上が鹿行地区で栽培されています。

神栖市は、作付面積・出荷量・販売額のいずれも日本一を達成し、「ピーマン日本一のまち」として全国にその名を知られるようになりました。

2017年の神栖市産ピーマンの出荷量は、2万7,490トンにのぼります。そのうち、JAなめがたしおさい青果物生産部会では年間8,000トンを出荷。

神栖のピーマンは、まだまだ進化を続けています。

これから力を入れていくのは、環境制御型の栽培。大型ハウスに炭酸ガス発生装置を入れ、温度・湿度を管理し、しっかりと光合成をさせて収量を上げていくことを目指しています。

みんな「おいしい!」と笑顔に

ピーマン大好きな子ども

ピーマンといえば、よく「子どもが嫌いな野菜」に挙げられますが、神栖市では地元で採れた「みおぎ」が大好きな子供たちがたくさんいます。

山中さんの大型ハウスに親子連れが訪ねてきたとき、子どもに「生で食べてごらん」とすすめると、「おじちゃん、このピーマンおいしい!」と笑顔を見せたそうです。

これは、苦みの少ない「みおぎ」だからこそ。「うちの子はピーマンが嫌い」と思い込んでいた母親が、目を丸くすることも多いのだとか。

農家直伝!10個ぐらいペロリといけるピーマンレシピ!

ピーマンの丸焼き

ピーマンを知り尽くす山中さんに、イチオシの食べ方を聞きました。

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生産者の山中さん

丸焼きにして鰹節と醤油をかけると、10個ぐらいペロリと行けますよ。

丸焼きは、実の中の水分で蒸されて種までおいしく食べられるんです。

と、自然に顔がほころびます。

たくさんの生産者の努力が実り、元気に育った神栖市のピーマン。採れたてのみずみずしさを、ぜひ味わってください。

(この記事は広報かみす2019年11月1日号の「まちの魅力再発見」に加筆修正を加えて掲載しています)

元の特集記事は以下をご参照ください。
2019年:広報かみす特集「まちの魅力再発見」 / 神栖市公式HP

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