新鮮な魚のおいしさと栄養を詰め込んだ缶詰。神栖の海の幸を丸ごと手軽に味わうことができ、保存食の便利さに加え、アレンジの楽しさも広がります。今回は、なぜ神栖で、どのように製造されているのか、缶詰の世界に迫ります。

脂の乗った新鮮な魚を缶詰に密封しているので、旨みと栄養が詰まっている
200年を超える缶詰の歴史
皆さんの家に、缶詰の買い置きはありますか? 最近はいつ、何の缶詰を食べましたか?
サバ缶ブームや、災害に備えたローリングストックなど、たびたび話題にのぼる缶詰。今年の4月には、高校生が宇宙食開発に挑戦した実話を基に描かれたドラマ『サバ缶、宇宙へ行く』(フジテレビ)の放送が始まりました。
水産加工業が盛んな波崎地域でも缶詰が製造されており、市のふるさと納税返礼品にも指定されています。そんな身近な存在ですが、製法や歴史など、意外と知られていないことがたくさんあります。
そこで、さまざまな角度から缶詰を追いかけてみました。

朝焼けの波崎漁港
まず、歴史をたどってみましょう。
缶詰が誕生したのは19世紀、ナポレオン・ボナパルトが軍隊のための食料保存方法を公募したことをきっかけに、「密閉して加熱殺菌する」という原理が発明されました。
日本では、明治4年に長崎で、イワシの油漬缶詰を作ったことが始まりです。明治10年には北海道にできた日本初の缶詰工場でサケ缶詰が製造され、明治12年には銚子でイワシ缶詰が製造されました。
昭和初期には重要な輸出品となり、国内向けの生産が大きく伸び始めたのは昭和30年代に入ってからです。当時は冷蔵庫の普及率が低く、常温で保管できる缶詰は時代に合った食品でした。波崎地域で缶詰製造が始まったのも、ちょうどこの頃です。
“素材の力”が品質の決め手
なぜこの地で缶詰製造を手がけることになったのか、株式会社髙木商店を訪ね、専務取締役の髙木俊和さんに話を聞きました。
↓こちらの記事でも、髙木商店のサバ缶をご紹介しています。

昭和初期の創業当初はサンマ漁や水産加工業をしていました。
黒潮と親潮がぶつかる好漁場(こうぎょじょう)に恵まれ、波崎漁港にサバ、イワシ、サンマが大量に水揚げされるため、昭和32年には買い付けた魚の選別・冷凍処理を始めました。
しかし、季節によって仕事量のばらつきが大きかったので、年間を通して従業員が安定して働けるよう、昭和36年に缶詰製造を開始しました。

銚子大橋の架設工事と明神前のまち並み(昭和36年)(『写真集 波崎町の歴史』より)

当時、銚子には缶詰製造会社が十数社ありましたが、波崎では当社が最初でした。
地元で水揚げされた魚で缶詰を作り、輸出の需要もあって事業は波に乗ったようです。

神栖市は全国有数の漁獲量を誇る
工場ができて65年経ちますが、基本となる缶詰の製造工程はほぼ変わることなく、当時の設備に増設を重ねながら操業し続けています。大手水産会社の缶詰製造も請け負い、製造履歴や衛生面について厳しい管理が求められ、時代とともに品質を向上させてきました。

衛生管理された缶詰製造工場
その取り組みによる技術の蓄積が、人気の自社製品の開発へとつながっています。
缶詰の品質を決めるのは“素材の力”だと髙木さんは言います。

市場での入札で重視しているのは、鮮度と脂の乗りです。
例えば、イワシは6月に体が丸くなって脂が乗るので、良い時期に集中して買い付けて冷凍しておきます。
近年は温暖化などで海洋環境が大きく変わり、世界的にサバやイワシの取り合いになっているため、原料を確保するのが大変です。
缶詰はいつでもお店に並んでいるのが当たり前と思っていましたが、自然を相手にする仕事の難しさが改めて伝わってきました。
コンベアに乗った魚がぐるりと旅して製品に

次はいよいよ工場見学です。髙木さんの案内で一連の製造工程を見せてもらいました。
カット
解凍した魚の頭と尾を切り落とした後、缶のサイズに合わせてカットします。


金属探知機
サバが釣り針をのみ込んでいないかなどチェックします。

洗浄
イワシのウロコも残さず洗い落とします。

詰め込み
サバは半自動、小さなイワシは手作業で詰めていきます。



計量
重量が適正な範囲内か確認し、過不足があれば手直しします。

調味液
各製品のレシピで調合した調味液を注いで缶を満たします。


巻き締め
真空巻締機で缶の胴とふたを抱き合わせるように巻き込み、圧着して完全に密封します。セッティングに精緻(せいち)な技術が求められる重要な工程です。


洗浄
缶の外側についた魚の脂などを洗い流します。

殺菌
大きなバスケットに缶詰をセットして殺菌釜に入れます。長時間かけて加圧加熱することで、缶の中がおいしく安全な状態になります。


冷却
殺菌後、品質の劣化を防ぐため、すぐに冷却水で缶を冷やします。

X線検査
不良缶などを取り除くための最終検査をします。

製品
缶詰に賞味期限を印字して箱に詰め、保管庫に運び出荷を待ちます。

海の恵みとまちの風土がギュッと詰まっている
工場内に張り巡らされたコンベアに乗って、魚が次の工程へと運ばれて行き、ぐるりと旅をしながらどんどん完成品に近づいていきます。
途中で何カ所もチェックポイントがあり、機械や人の目で繰り返し確認を重ね、丁寧な手作業で微調整をしながら、1缶1缶大切に作り上げられていました。

ここ数年は漁獲量が減って原料が入手しづらいので、冷凍した魚を使っています。
当社で選別・冷凍から缶詰まで一貫して製造できるのは強みでもありますが、やはり地元で水揚げされた魚を生で加工するのが一番おいしくて理想的なんです。
“朝獲れ”や“生詰め”などのシリーズは好評なので、今後、漁獲量が増えたら積極的に出していきたいと思います。
栄養価が高く添加物無し 缶詰の魅力を広めたい!
缶詰の魅力は、手軽さや便利さだけではありません。
まず挙げられるのは、栄養価の高さでしょう。
脂の乗った新鮮な魚を完全に密封して調理(加圧加熱殺菌)しているため、栄養分がほとんど損なわれません。しかも、魚の骨まで柔らかくなるため丸ごと食べられますし、缶詰の汁には栄養と旨みが凝縮されています。さらに、保存料や殺菌剤などの添加物が使われていないのもうれしい点です。
最近はご飯のおかずとしてだけでなく、活用法も広がっています。
例えば、お酒とともに楽しむ “おつまみ缶”が流行(はや)ったり、料理の素材としてアレンジレシピが注目されたりしています。アウトドアでも活用されていますし、ちょっと贅沢(ぜいたく)な缶詰は贈答品にも喜ばれます。

今後の目標は、缶詰をもっと世に広めていくことです。若い世代にもたくさん食べていただけるよう、新商品の開発にトライしています。
この地の人たちはずっと魚とともに生きてきました。波崎漁港に大規模な巻き網船団がいることや、たくさんの水産加工会社から国内外に製品が送り出されていることも、神栖の誇りだと思っています。
これからも豊漁を願いつつ、缶詰の可能性を追求していきます。

鹿島灘は親潮と黒潮がぶつかる好漁場
私たちに身近な存在である缶詰ですが、そこに詰まった歴史や技術、神栖の海の恵み、そして缶詰という小さな宇宙に挑み続ける作り手の思いを知ることで、より一層、味わい深く感じるのではないでしょうか。

(この記事は広報かみす2026年6月号の「神栖ディスカバリー vol.36」から抜粋・加筆・アレンジし掲載しています。広報紙は下記リンク先よりご覧いただけます。)
こちらの記事についての動画も公開しています。ぜひご覧ください。
● カミスミカcolumn
備蓄は缶詰で決まり! 〜災害時の強い味方〜
(公社)日本缶詰びん詰レトルト食品協会によると、大正12年に関東大震災が発生したとき、避難した人たちの救済に缶詰が使われ、はからずも国内での需要を高めるきっかけになったのだそうです。
地震や豪雨など自然災害が多い日本では、防災備蓄の意識が高まっています。

髙木さんによると、
「実は、缶詰は熟成した方が美味しいと言われています。確かに作りたてよりも、1か月、半年、1年経ってから食べた方が、味がなじんでいますね」
このようなことからも、缶詰は保存食に向いています。
今は、蓋のタブを引き上げるだけで開けられるイージーオープン缶がほとんどで、缶切りは不要。災害のとき、缶切りがなくても心配ありません。

しかも、常温で保存ができ、開ければ調理をせずにそのまま食べられるので、停電や断水があっても大丈夫です。
また、備蓄食品として、「美味しさ」や「食べる楽しみ」が重視されています。その点でも缶詰は優秀! バリエーションが多く、自分好みの味を選ぶ楽しみがあります。さらに「地元の魚」を味わえるのは、神栖市民の特権と言えそうですね。
日頃から缶詰を食べ比べてお気に入りを見つけておくことも、災害への備えとなるでしょう。





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